第五話 白き玉と母の願い
「私にも見せてください」 背後から声をかけられ、我に返った。期待を浮かべた目で、照葉が白玉を覗き込んで唸る。 「なんとも、品のある輝きですね」 その通りだと、照葉と顔を見合わせて真白も頷く。 手のひらの上で転がしてみる。自然が作ったものとは思えないほど丸く、やさしい重みを感じた。なんだか、落ち着くのは気のせいだろうか。 ……ずっと、愛でていたい。 しかし、真白は白玉を握り締めた。 「これは母さまへの供養のために、伊勢に返しましょう」 白玉を箱に戻しながらつぶやくと、乳母が聞き返してきた。 「返す? 寛子さまの思い出の品ですよ。よろしいのですか」 「私には、こちらの書きつけがあればじゅうぶんです」 書きつけに目を落としながら、ほほ笑んだ。 「実は、母さまがいないなんて、まだ信じられないの。都のお邸に戻ったら、母さまが渡殿を駆けて、私を迎えに来てくれるのではないのかしらって、ふと考えるときがあります」 母の記した短い書きつけを胸に押し当てた。 自分には、父が送ってくれた母の髪もある。 「ですが、こんなに見事な白玉、二度と出会えないかもしれませんのに」 納得がいかないようで、照葉が愚痴をこぼした。 確かに、見れば見るほどうつくしい。手もとに置いて愛でたい気持ちも分かる。 けれど、母の願いは叶った。真白は帰京できる。 「照葉の意見はもっともですが、この白玉はもともと、いただいたお品。斎宮で過ごした日々を、白玉が静かに見守ってくれていたと思いましょう。伊勢のものは伊勢にあるべき。それでも、どうしてもと言うのなら、照葉にあげますよ」 「い、いいえ! 私になんて、とんでもない」 顔を真っ赤にしながら照葉が断った。 「では、白玉をどちらに施入されますか。やはり、伊勢神宮ですか」 乳母に問われ、箱に視線を落とす。この白玉は、どこへ帰るべきだろうか。 真白は静かに目を閉じた。 「……いいえ。斎宮のそばにある、近長谷寺(きんちょうこくじ)にしましょう。これは観音さまにお返しします。母さまなら、きっとそうするはずです」 観音さまを厚く信じていた母の姿を思い出す。 語気を強めると、乳母が眉根を寄せた。 「神に仕える斎王さまが、お寺に白玉を……ですか」 「私はもう、斎王ではありません。神事から遠ざけられている身です。そうですね、次の望月……三月十五日に施入しましょうか」 春が終わりを迎えようとしている満月の日。母を送るにふさわしい。 白木の箱を小さく撫でていると、古今集の歌が浮かんだ。 『飽かずして 別るる袖の 白玉は 君が形見と つつみてぞゆく』 (よみ人しらず 古今和歌集400)[注1] もうすぐ自分は都へ、母はあの世へ、旅をすることになる。
注1 お名残りも尽きないうちに、お別れしなければならない私の袖の悲しみの涙を、あなたの記念として大事に包み持って、旅に出ようと思います。(『古今和歌集』新潮日本古典集成より)
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