第七話 めぐる季節と妹と私
あれは、五歳ごろのこと。 真白が静かに手習いをしていると、母が声をかけてきた。 「まあ、あなたは左手に筆を持つのね」 その、驚いた様子の母の顔は今でも覚えている。 「はい」 「難しくないの?」 頷いて返す。 「昨日までは右手を使っていたような」 「今日、父さまにはじめて琴(きん)を教えていただきました。楽しかった。たくさん弾きたいから、右手は使わないでとっておこうと思ったの! 真白の右手は、琴のためにあるのよ」 乳母が目を細めて笑っている。 「琴に触れてから、ずっとこのような調子なんですよ。よっぽど琴がおもしろかったのでしょう」 「手習いは左手でもできますが、琴は右手でないと」 とはいえ、慣れない左での手習い。筆を持つ手がふるふると震えてしまい、字も縮こまってしまう。それでも、真白は歯を食いしばって左を使い続ける。 ……いつしか慣れてしまった。日々の動きは左。琴だけが右。真白は今でも手を使い分けている。 何気ない会話だったが、東三条の邸に母はもういなかった。
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