月刊傍流堂

  1. HOME
  2. ブログ
  3. 月刊傍流堂
  4. 第六話 斎王の帰る日

第六話 斎王の帰る日

 ようやく、真白帰京への準備が整ったという知らせを受け取ったのは、八月のはじめ。

 昼の陽射しはまだ強いものの、朝夕にひんやりとした風が吹きはじめている。

 母の死を聞いた今年の一月から半年以上が経った。

 乳母や照葉はふだんよりも声が明るい。ここ、斎宮は海が近く、食事の膳にはみずみずしいものが並んだが、この膳とも間もなくお別れ。

「ようやくここまで来ましたね」

 八月十三日には、神祇官の大中臣頼基(おおなかとみ の よりもと)らが、斎王の退出を伊勢神宮に奉告したそうだ。

 この身はもう、斎王ではない。ただの徽子女王。

「帰る日が近いのね」

 真白も心が揺れ動く。邸に戻れば、縛られないで済む。父。きょうだいたち。邸の女房、女童。もうすぐ懐かしい人たちに会える。

 しかし、そこに母はいない。そして、新しい斎王にこの孤独を背負わせてしまう。

「長いようで短い斎王暮らしでした」

 今日は十六日。荷造りはできている。あとは、都からの使いを待つのみ。

 夕暮れを迎えるにつれて、斎宮の動きが慌ただしくなった。だが、真白にできることはない。

「真白さま、几帳から出ないでくださいませ」

 乳母は何度も繰り返した。

「少しぐらい、いいでしょう」

「なりません。ああ、雨でも降ればよかったのに。不吉です、不吉ですよ」

 室内をうろうろしながら、乳母は眉根を寄せた。

「落ち着いてください、お母さま。そのように、ばたばたと足音を高く立てて動かれては、うんざりします」

 照葉は繕いものをしていた。

「あなたこそ、このようなときによくもまあ落ち着いて針仕事ができますね」

「今だからこそ、です。どうしようもないときこそ、いつもと同じように」

 すると、呼び出す声があった。ぶつぶつ言いながら、乳母の声が遠ざかる。

 ほど良き頃合いに、針の手を止めた照葉が真白の几帳をすべて除けた。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事