第六話 斎王の帰る日
初日、一志の頓宮に着いたところで、突然帰京路について知らされた。 「斎王の服喪による帰京は、行きの群行とは異なる道を通ります」 この先は旧道で整備が不十分なため、行列に加わっている多くの女子とはここで別れるとのことだった。 乳母や照葉は真白の側近ゆえ、真白についてゆくが、翌朝になると行列は半分の数に減った。多くの者が早く帰京できるほうを選んだようだった。 三日目に、伊勢と伊賀の国境である堺屋にて祭事。 ……青山峠である。 真白は着替え、沐浴する。差し出された白の装束に袖を通す。服喪の身なのに、また白を着る。身を清めたのちは鈍色に戻るが、新しいものだった。 今まで真白が着ていたものはすべて長櫃に収められた。斎宮で使っていた装束も含まれている。 付き従う官人たちは束帯や衣冠など、身なりを整えて長櫃を見守る。 どうなるのかと見守っていたところ、長櫃ごと斎王装束が谷に捨てられた。 大きな音を立てて転がる長櫃。異様な光景だが、誰も異を唱えない。 斎王だった自分が捨てられるかのような気がした。 出発前、真白は不思議に感じた。斎王の装束はもう使わないのに、なぜ帰京の荷の中に入っているのか。 こういうこと、だったのか。 「お乗り換えくださいませ」 新しい輿まで出てきた。 輿に乗ろうとした真白の目に、ひときわ赤いものが映った。山では紅葉がはじまっていた。鈍色に包まれた身にとっては落ち着かなくなるほど、鮮やかな赤。 ぎゅっと、手のひらを握り締めてから、広げる。色白の肌に血の色が浮かぶ。 生きている、と真白は思った。確かな鼓動が聞こえる。 青山峠のこの光景は、一生忘れないだろう。 ◇ ◇ ◇ このあとは山道を進み、奈良へ。 北上して木津川沿いに出ると、船で移動になるという。山を上ったり下りたり、忙しい行程だったので誰もがくたびれている。 真白も例外ではない。輿は乗り物だが、揺れる。しかし支えてくれる者がいるので、不満は漏らせない。ひたすら前を見据えてじっと耐える。 その後、難波津において三日間、三か所にて禊を繰り返し、河陽宮(かやのみや)に入ると、長かった帰京路もほぼ終わる。あとはひと月ほどこの地に落ち着いてから、入京を果たす行程だ。 ここ、河陽宮はかつて天皇の離宮だったがその後使われなくなり、今では役所になっている。河陽宮と言われると馴染みがない。山崎と聞けば、歌にも詠まれたあの地かと頷ける。山城国と摂津国の境だった。 河陽宮は都に近いのに、まだ届かない。もどかしい。 「もうすぐ都なのに、なぜここに留まらないといけないのですか」 口を曲げながら照葉が不満を垂れた。 「決まりです」 都の親しい人に文を書いていた乳母が手を止めた。 「でも、勝手に帰っている官人もいるって聞きましたよ」 「決まりは決まり。真白さまが斎王さまとして、最後のお役目を果たすためです」 「お役目って言われても」 納得のいかない様子の照葉を、真白は琴の手入れをしながら眺めている。 どんなときでも真白に寄り添ってくれている、乳母と照葉。この母子は仲が良い。本音をぶつけ合い、お互いを隠さない。羨ましいとさえ感じる。 乳母は『お役目』と呼んだが、ここで真白が任されたことはない。そもそも服喪中。 しばらく黙ってふたりを見ていたが、真白はさっと袖を翻した。 「陽射しを受けた川面がきれいですよ、照葉。一緒に見ましょう」 「はい、真白さま。喜んで」 真白が誘うと、照葉は笑顔でついてきた。 川風を頬に受けた真白は、その心地良さにほっとした。 少し端近に出ても、今は怒られない。 ひと月の間、こうして穏やかに留まることが、鈍色の斎王にとって最後のおつとめなのかもしれない。

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