月刊傍流堂

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第六話 斎王の帰る日

「一緒に見ましょう! 今宵は珍しいものが……もう、はじまっていますね」

 照葉が妻戸を開き、共に簀の子縁に出る。ひんやりとした外の気配を頬が感じた。真白は照葉と顔をくっつけ合うようにしながら空を見上げる。

 ――十六夜の月が、欠けはじめている。

 やけに黄色い色の月は真白の心をざわつかせた。どちらからともなく、手を握り合う。

 徐々に月が闕けてゆく。今夜は月蝕(げっしょく)だった。

 寝静まっていたはずの鳥が鳴き、羽をばたつかせる。生ぬるい風が吹く。人々の驚く声が耳に届いてきた。

 暦に書いてあるので分かっていたはずなのに、いざ目の当たりにすると落ち着かない。

 闕けた月。闕けた斎王。

 しかし、月は全体の六割ほど欠けたあと、もとの形に戻りはじめた。

「ねえ、照葉。都に戻ったら、私たちはどうなるのかしら」

 手をつないだまま、真白は問いかけた。

「戻ったら……そうですね。もとに戻る、ですかね。かぐや姫のように、心を失うわけではありません」

「でも、母さまはいない。私は斎宮に着いたとき、十歳でした。時は戻りません」

「真白さまはまだ童形です。背も髪も伸びましたが、裳着の前。竹の都……斎宮の子どもです」

「子ども。この私が」

 十七にもなった貴族の姫、しかも斎王に子どもと言い切る照葉に、真白は笑ってしまった。

「帰京してからのことはお父上、重明さまが考えてくださるでしょう。いずれ裳着は行うと思いますが、寛子さまの喪が明けてから。そのあとは今までと同じように、歌と琴の日々になりますよ。ああ、寛子さまの代わりに、東三条邸の女主人になられるのでは」

「……そう、ですね。女主人、に」

 斎王を終えた姫がどうなるのか、聞いたことがなかった。

母の命と引き換えに生まれた妹はまだ幼い。妹の面倒を見ながら、静かに歌と琴に触れる日々。穏やかで、いいかもしれない。

「父さまたちも、月蝕をご覧になったかしら」

 父の名を出すと、都に想いを馳せたのか、照葉の目の奥が揺れたような気がした。

「……古来、月蝕とは不吉なもの。天の乱れは、政(まつりごと)の乱れをあらわすとされてきましたので、お顔を顰めていらっしゃるかもしれません。ただ、真白さまのご帰京が近いこともあり、内々ではほほ笑んでいらっしゃるかと」

「まあ。照葉は相変わらず想像が逞しいこと」

 少しあきれながら、頬を緩めた。

「白い装束のときよりも、いいお顔をされるようになりました」

 姉のように真白を包み込もうとする照葉に、戸惑う。

「そんなこと……それより、帰京したら照葉はどうするの」

 ちらりと、照葉の様子を窺う。二十をいくつか越えた照葉。ふつうの女子だったら、夫や子どもがいてもいいころだ。斎宮に、長く引き留めてしまったかもしれない。

「私は、真白さまのおそばを離れませんと誓いました。これまでも、これからも、ご一緒させてください。もっとも、真白さまがお嫌でなければ、の話ですが」

 きりりと引き締まった声が返ってきた。

「照葉にはそばにいてほしいです。ただ……好きな人など、いないのかって」

「まあ! そのような」

 驚いたように、照葉が手を放す。

「斎宮は都、大宰府に次ぐ官衙とはいえ、私は都の者。ここで家族ができたら、真白さまと帰れなくなります。そうだ、帰京しましたら、恋でも見つけませんか。時間はたっぷりありますよ。かぐや姫だって、地上では求婚を断りましたが、月に還ったら月の住人と結婚したかもしれません」

 そのときは自分の代わりに真白さまに歌を詠んでもらおう、いや文そのものも書いてもらったほうが……とひとりごとを言いはじめた。

 そんな照葉の様子がおもしろく、また愛らしくもあり、つい真白は頷いてしまった。恋について考えている照葉を、ただ眺めた。

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