第六話 斎王の帰る日
河陽宮にしばらく滞在した真白たち斎王の一行は、いよいよ京に入ることになった。 陽が傾いてから出発すると聞いている。このままでは到着が深更になりそうだが、入京とは人目を避けるものらしい。行きの群行には宮中で華々しい行事があったのに、帰りはやけにひっそりしていて戸惑いさえ感じた。 ようやく東三条邸に帰れる。鈍色の袖が輝いているように見えてきた。 河陽宮が建つ山崎の地から牛車に乗り、京を目指す。車輪が軋み、がたりと揺れた。 やがて、桂川を渡る。 月が明るい。車の影、人の影、牛の影などがくっきりと映る。月遊び、そんなことばが浮かんだ。 京の大路まで来ると、車の揺れが少なくなった。 道の両側には整然と貴族の邸が並んでいる。 夜遅いのに見物人がいるようで、『斎王さまがお帰りだ』『伊勢斎王の列だろう』ということばも聞こえた。 がたん、と牛車の動きが止まった。人々が忙しそうに立ち回っている。 真白は胸が熱くなった。懐かしい匂いがここまで漂う。東三条のお邸に着いたのだ。 「真白さま、どうぞ」 照葉に先導されながら真白は牛車を下りた。扇を広げて顔を隠していても、庭の木々の様子がちらっと目に飛び込んでくる。枝木は多少伸びているが、変わらない。 長い真白の髪が地につかないように乳母が整えていると、邸の中から大きな声が響いてきた。 「……ましろ、真白や!」 嬉しさで、体が震えた。声のほうへ顔を向ける。扇は落としてしまった。 「父さま、……お父さま!」 真白は急いで駆け寄ろうとした。なのに、服喪の袖が重い。袴がもたついてなかなか届かない。せっかく整えてもらった髪も乱しながら、進む。 腕を広げて待つ父に飛び込む。 「おかえり、真白。ああ、よく帰ってきたね」 ただ頷くことしかできなかった。ただいまを言いたいのに、声が出ない。口を開いたら泣いてしまいそうだ。 父も鈍色を身につけていた。真白よりもさらに濃い色で、故人への心の深さをあらわしている。 「背も髪も伸びたことよ。さあ、顔をよく見せておくれ。ほう、これは立派な姫君だね」 邸を出てかれこれ十年近く経ちましたよ、わたくしなどもうお婆さんです、などと乳母が説いている。 同僚の女房たちに囲まれた照葉は泣いていた。その姿を見て、真白も目の前が滲みそうになった。 しかし、これだけはまず伝えたかった。父の目をまっすぐ見て、ことばにする。 「ただいま、戻りました」 久しぶりに、真白の声が東三条邸に響いた。 (続く) (注釈) (参考) ※2 斎王の帰京路について 『江家次第』 国会国立図書館デジタルコレクションより ※3 古今和歌集367の解釈 藤宮彩貴(ふじみやさき) 東京都杉並区生まれ。東京都立大学人文学部卒業。一般企業や都内の区立図書館での勤務などを経て、2020年第3回富士見ノベル大賞審査員特別賞受賞。翌年『焔の舞姫』にてデビュー。ほかに『平安後宮占菓抄』(ともにKADOKAWA富士見L文庫)がある。趣味は寺社仏閣巡り。好きなお寺は京都・南山城の浄瑠璃寺。ほぼ毎日、一万歩歩いて作品の構想を練る日々。
官衙(かんが/地方の役所・省庁)
※1 天慶8年8月16日の月蝕について 大日本史料『日本紀略』『本朝統暦』 東京大学史料編纂所 大日本史料総合データべースより
限りなく遥かな地の果てに旅立って別れてゆこうとも、あなたを私の心から、とり残しておくことがあろうか。
必ず面影は、どこまでもともなって行く。(『古今和歌集』新潮日本古典集成より)
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