第四話 逆さまの都
演奏を終えるころには月が空の高いところを渡るようになり、輝きを増してゆく。 「ずいぶんと月が、上のほうに行きましたね。眩しいくらいです」 「はじめは、山の端の近くにありましたよ」 最後のほうは乳母も、さすがに起き出して琴を聴いていたようだ。照葉はずっと真白を見守っていたので、母の居眠りを暗に咎めている。 「そういえば、都とは逆。山が、南に見える」 なにげなく、口にしたことばだった。感じたことをそのまま言っただけ。しかし、照葉が真白のことばを拾う。 「確かに。しかも、斎宮では北に海が。これも、南に池がある都とは逆ですね」 都の南に広がっている巨椋池(おぐらいけ)のことを言った。 胸のざわめきをおさえつつ、月を見上げた。空に出てきたときよりも小さくなったが、煌々と輝いている。 そして、琴に目を移す。奏でることを終え、今は静かに横たわっている。 真白は息を飲んだ。 ――逆さま。 平安京は、四神に護られている都。 「北には玄武、南には朱雀、東には青龍、西には白虎が」 「北は山地、南は巨椋池、東は鴨川、西は山陰道が」 でも、斎宮は……もしかして、逆さま? 「……北に海、南に山地、東に伊勢神宮につながる道、西には櫛田川」 帝の代理だと信じ、過ごしてきたのに。儀式の手順もすっかり覚え、近ごろは官人から不満をぶつけられることはなくなり、女官たちとも文を交わし、溶け込んでいると思っていたのに。 自分は、闕けた斎王ではない、と感じてはじめていたのに。 暗い翳が、真白の心を覆った。 斎王は帝の御世が永く続くことを願う存在。都の方角を向いてもいけない。 逆さま……逆さま? ふと、手足の先が冷たくなった。永く、斎王を留めておくため、逆さまの都を作った? 自分は、ここから出られないの? いつ、出られるの? 「真白さま、そろそろ休みましょう。風が強く、冷たくなってきました」 就寝を促す乳母のあたたかい声を聞き、真白は我に返った。 「私は斎王です! 真白などと……」 とても強い口調で、乳母の袖にしがみついてしまった。自分でも自分の声の大きさにうろたえた。乳母は驚いた顔を浮かべている。 「まあ、おつかれのご様子で。あちらで、照葉が御寝の支度をしていますよ。さあ、参りましょう」 「……はい」 目を細めた乳母に手を引かれ、真白は人形のようになった。まだ眠くはないものの、疲れているのかもしれない。
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