月刊傍流堂

  1. HOME
  2. ブログ
  3. 月刊傍流堂
  4. 第2回 バターやクリームはなぜフランス上流階級の食卓に浸透したのか 

第2回 バターやクリームはなぜフランス上流階級の食卓に浸透したのか 

前回は、18世紀の啓蒙思想家たちがなぜヌーベル・キュイジーヌ(新しい料理)を支持したのかについて、当時の新旧知識人を巻き込んだ論争を手がかりに解説した。18世紀に興ったこの新しい料理は、従来の料理を「健康」の観点から否定すると同時に、「思想」の観点からも否定するものであった。その結果、新たな料理の価値観が確立されることとなり、それは現代フランス料理の根底に、今なお変わることなく息づいている。

18世紀に誕生したヌーベル・キュイジーヌの大きな特徴のひとつは、バターやクリームといった乳製品を積極的に料理に用いた点にある。今日では、フランス料理といえばこうした素材を使うことが当然のように思われているかもしれない。しかし18世紀当時、乳製品は庶民的な食べ物とみなされ、必ずしも上流階級に好まれる食材ではなかった。

ではなぜ、乳製品は上流階級の食卓に受け入れられるようになったのだろうか。その理由として、「食における消費スタイルの変化」と「食に対する価値観の変化」を挙げることができる。これは18世紀のヌーベル・キュイジーヌを理解するうえで極めて重要なポイントである。今回は、この二点を中心に掘り下げて解説していきたい。

食事における消費スタイルの変化

かつてのフランス料理は、大人数で卓を囲む大宴会形式の食事であった。現在のように料理が一皿ずつ順にテーブルへ運ばれてくるのではなく、あらゆる料理が卓上に所狭しと並べられ、大皿に盛られた料理を人々が取り分けながら食べていたのである。

しかし18世紀に入ると、料理の提供様式はこうした大宴会のような開かれた形式から、少人数で消費する親密な食事の場へと変化していく。この新しい食事様式は「深夜の会食(スぺ・アンティーム、souper intime)」と呼ばれ、親しい人々だけを少人数で招き、夜遅くまで豪華な食事を楽しむことが、上流階級や貴族たちの間で流行した。もっとも、「深夜の会食」とはいえ、簡素な料理が供されたわけではない。むしろ、そこで振る舞われたのは、豪華絢爛さを追求した本格的かつ高級な宮廷料理であった。

こうした食事方法の変化により、従来のように皿数の多さや料理の量によって示される視覚的な豪華さよりも、味の良さ、さらには繊細さや優雅さといった質的価値が、より強く料理に求められるようになった。料理の色調もまた、スパイスを多用して煮込まれた「茶色い」料理から、軽やかな味わいを実現する「白い」料理へと移行していく。このような料理における「白さ」を実現するためには乳製品の使用が不可欠であり、こうしてフランス料理の中にバターやクリームといった乳製品が急速に浸透していったのである。

18世紀中頃から数多くの料理書を著したムノン(Menon)という料理人がいる。1746年に出版された『ブルジョワの女料理人(La Cuisinière Bourgeoise)』は彼の代表作であり、1746年から1800年までに67回も重版した18世紀の料理書屈指のベストセラーである。また1755年に出版された『宮廷の夜食(Les Soupers de la Cour)』も重要な高級料理の指南書であり、これらはフランス料理史を語るうえで外せない名著である。したがって、これらの料理書に収録されたレシピを検討することで、現代の私たちもまた、当時の人々が料理にどのような価値観を見出していたのかを理解することができるのである。

実際にこれら二冊に収められたレシピを確認すると、バターで炒める、あるいはクリームで煮込むといった、乳製品を多用した調理法が随所に見受けられる。さらに、中世以来用いられてきた、とろみが強く重厚で濃厚なソースは、次第にバターや乳を基調とする、軽やかで繊細、かつよりナチュラルなものへと変化していったことも読み取れる。

デザートに目を向けると、乳製品の使われ方はいっそう多様化し、数多くの種類のアイスクリームやクリーム菓子が作られるようになっていった。それまで果物を中心としていたデザートに、氷菓や乳製品が積極的に用いられるようになった点も、大きな特徴である。

これらの変化から、18世紀半ばには、上流階級の人々の嗜好が確かに乳製品を中心としたものへと移行していたことを読み取ることができる。

食材に対する価値観の変化

上流階級の人々が乳製品に対して新たな価値観を抱くようになった背景には、当時の思想や文学の影響も見逃すことができない。18世紀フランスを代表する思想家、ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau:1712–1778)が、食をいかなるものとして捉えていたのかを確認することで、ヌーベル・キュイジーヌ、ひいては乳製品に対する当時の価値観が、どのように形成されていったのかを明らかにしていきたい。

まず、この時代の思想家たちに大きな影響を与えた著作と人物は、以下の3人である。

・1651年 『リヴァイヤサン』トマス・ホッブズ
・1689年 『統治二論』ジョン・ロック
・1762年 『社会契約論』ジャン=ジャック・ルソー

彼らの著書は当時の思想家だけでなく、社会に対しても大きな影響を与え、フランスではこうした啓蒙思想が、やがてフランス革命の思想的背景の一つとなった。彼らの著作は現代でも読み継がれているが、こうした啓蒙思想家たちが食文化にも少なからぬ影響を与えたという事実は、これまであまり取り上げられていない。よって、こうした啓蒙思想家と新しい料理の価値観との関係についても、ここで言及しておきたい。

「自然状態」の食

先の3人の思想家たちは、政治体を構成する以前の人間たちがどういう状態にあるかを仮想し、それを「自然状態」として自身の論理展開をした。まずホッブズはこれを「万人の万人に対する闘争」であると定義した。それとは対照的にロックは自然状態を「平和ではあるが不安定な状態」と捉えた。一方、ルソーはそれを自由で平等な幸福な状態として描き、人間本来の理想的な姿とみなした。つまり両者とも、ホッブズとは異なり、自然状態を必ずしも否定的なものとは考えなかったのである。

ルソーが言ったとされている「自然に帰れ」という有名な言葉は(実際にはルソーはそうした言葉を直接的には述べてはいない)、ルソーが「自然状態」を理想としていたことの現れかもしれない。さてルソーの主張する自然状態、あるいは人間は自然に回帰すべきであるとした彼の理論は、あくまでも政治的社会についてであり、文字通りの自然回帰に結びついていたわけではない。しかしながらルソーは、自然状態に暮らす人間を、著書のなかに何度も描くことによって、幸福な人間としての存在がどのようなものなのかを示そうとしたことは間違いない。

例えば『人間不平等起源論』では繰り返し、人間は本来(自然状態において)菜食であったという主張を述べている。つまりルソーは、人類が本来菜食であったことを、自然状態における平和や幸福と結びつけて考えていたのである。

またルソーが教育論を記した『エミール(Emile)』(1762年)には、「食」に関する次のような記述がある。

【肉にたいする好みが人間に自然なものではないということの証拠の一つは、子どもが肉の料理にたいして関心をもたないこと、かれらがすべて、植物性の食べもの、乳製品、菓子、果物のようなものを好むということだ。こういう本来の好みをそこなわないこと、そして子どもを肉食動物にしないことがなによりも大切だ。】
(引用は『エミール(上)』(今野一雄訳、岩波文庫)第2編339ページより)

このように、ルソーは、教育の対象となるエミールを、果実、野菜、クリーム(乳製品)を好む人物とすることで、自然状態にある人間の純朴さや、清らかな精神性を示そうとした。つまりこうした食べ物を好む人物像により、理想的な自然人とはどのような存在なのかをルソーは描こうとしたのである。

自然状態についてルソーと共通する見解をもっていたジョン・ロック(John Locke:1632-1704)も、『教育に関する考察(Some Thoughts Concerning Education)』(1693年)の中で、子供の食事に関して、肉類はできるだけ控えるべきであり、牛乳、ポタージュ、かゆなどの、あっさりした簡略な食べ物こそが「自然の要求」する子供には適した食品であると述べている。つまりルソーもロックも、肉食には否定的な意見を示しているのである。

だがこのことは必ずしも彼らがベジタリアンであることを意味するわけではない。実際に彼らはベジタリアンではなかった。ここで彼らが述べようとしているのは、あくまでも従来的な料理に対する否定的な意見であり、その対極にある料理が、野菜や乳製品ということなのである。これは、多くの啓蒙思想家たちが、従来の料理ではなく、ヌーベル・キュイジーヌを支持したこととも符合している。

さらにルソーは女性への教育論も展開しており、エミールの妻たるべきソフィーという少女を登場させ、その食について次のように記している。

【彼女(編集部注・ソフィーを指す)は乳製品や甘いものが好きだ。ケーキやアントルメが好きで、肉はあまり好きではない。ぶどう酒も強いリキュールもけっしておいしいと思ったことはない。それに、彼女はなんでもごく控え目に食べている。】
(引用は『エミール(下)』(今野一雄訳、岩波文庫)第5編112ページより)

こうしたルソーの理想とする女性像は、『エミール』に先立つ1761年に出版された、18世紀最大のベストセラー小説『新エロイーズ(Julie ou la Nouvelle Héloïse)』にすでに投影されている。本作に登場する純真無垢な女性主人公ジュリもまた、印象的な食の嗜好を備えた人物として描かれている。以下に、その一節を引用しておきたい。

【あの人(編集部注・ジュリを指す)はおいしいものが好きでよく食べるほうですが、肉とかぴりっとしたソースや塩はお好きでない、生(き)の葡萄酒は飲まれたことがありません。極上の野菜、卵、クリーム、果物、といったところが常々の食べもので、これまた大好物のお魚を除けば、彼女は正真正銘のピュタゴラス派(訳者注・ここでは菜食主義者の意味)ということになりましょう。】
(引用は『新エロイーズ(下)《新装復刊》』(松本勤訳、白水社)79ページより)

ルソーは理想の女性像としてジュリを描き、『エミール』の登場人物と同様に、野菜と乳製品を好む人物として設定している。このようにルソーにおいて、清純さや純朴さは「食」と深く結びついていた。

哲学書『人間不平等起源論』、教育論『エミール』、小説『新エロイーズ』のいずれを取っても、ルソーの著作に登場する人物は一貫して「自然人」として描かれている。そしてその清らかな人物像は、肉食を避け、野菜と乳製品を好むという食の嗜好によって象徴的に表現されているのである。

『新エロイーズ』は、1761年の出版から1800年以前までに、少なくとも70版を重ねた18世紀最大級のベストセラーであり、印刷が販売に追いつかないほど多くの人々に読まれていた。こうした事実からも、ルソーの著作が当時の社会にきわめて大きな反響と影響を与えていたことがうかがえる。読者の多くは男性・女性を問わず、ジュリという女性に深い感情を抱いたと考えられ、彼女の生き方や価値観に共感し、それを模倣しようとする者も少なくなかったと考えられる。こうして、ルソーが描いた登場人物たちの食に対する価値観もまた、読者の共感を通じて当時の社会に広まり、受け入れられていったものと考えられる。

ルソーの示した価値観は、彼の著作を通して「理想的な生き方」の一部として受け入れられていった。そして登場人物たちの嗜好と軌を一にするかたちで、バターやクリームといった乳製品もまた、次第に上流階級の食卓へと浸透していったのである。

これは、「食の哲学」が人々の価値観を大きく変容させ、新たな食の価値観が社会に受け入れられていった一つの事例として捉えることができるだろう。

 ※タイトル画像背景:髙山辰雄「食べる」(1973年、大分県立美術館蔵)。著作権者の許可を得て使用


河田容英(かわだ・やすひで)

一九六九年(昭和四十四年)生まれ。大学生向けの海外留学支援企業・株式会社ログワークス代表取締役。また社会人ビジネスパーソンがイギリス国立大学や欧州大学のMBA(経営管理学修士)およびDBA(経営管理学博士)を取得するための教育企業・エグゼジャパンビジネススクールの代表を務める。自然言語処理の研究にも従事し共著論文多数。イギリス長期滞在時に幾つもヨーロッパのレストランを訪ね、海外での食と文化に数多く触れる機会を得たことや、帰国後に海外諸国と日本の食文化の相違、類似、ありかたを思想的視点から捉えなおすようになったのを機に、二〇一六年より郷里の政治家・木下謙次郎の著書『美味求真』の現代語訳に着手しウェブサイトで公開を始める。その後、『美味求真』に注釈を付すという方法で食にまつわる文化、歴史、哲学に関する記事を発信し続けている。
https://www.bimikyushin.com/

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事