第四話 逆さまの都
八月十五日、望月の夜。多気の地にある、斎宮。 風に乗って、かすかに琴の音が聞こえてくる。 夜遅くまで残っていた斎宮寮の官人は思わず筆を止め、片づけをしていた女官も音色にふと耳を傾ける。 派手ではない。大きな音でもない。なのに、心惹かれる。 仲秋の夜空に、澄んだ音色は響き渡った。 真白は内院の南廂で、満月に向かって琴(きん)を奏でている。 斎宮では南側に山があるので、月が出てくるのが遅い。 まだかまだかと満月を待ち切れず、乳母はうたた寝してしまい、こくりこくりと舟を漕いでいる。 一曲目が終わった。 真白は息を吸い、背筋を伸ばす。 二曲目の、はじめの一音を弾くと、真白は無心になった。 琴の音に導かれるようにして、指を動かす。 愛用している琴は、父から譲られた古琴。『孤月』(こげつ)という名前がつけられている。 古琴には琴柱(ことじ)がなく、徽(き)と呼ばれる印が十三ある。左指で弦を押さえて右指で弾く。 ……徽。 真白の本名、徽子(よしこ)の由来でもある。
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