第3話 つきよよし
ほんの少し、照葉が几帳を動かした。隙間から外の様子を窺うと、十人ほどの女官や下働きの少女たちが立っていた。斎王の御前ゆえか緊張を隠せず、どれも頬が強張っている。 「話を聞きます、と伝えて」 清浄を保つべき斎王の真白は、簡単に人と会えない。 立ち上がった照葉が、かわらけを手早く端に動かしてくれたので、皆の話が聞こえそうな位置に座り直す。真白の周りに、几帳をめぐらせることも忘れない。 年長らしき女官が丁寧に頭を下げたあと、口を開く。 「斎王さま、このたびは新しい物語をありがとうございました。『竹とり』、こんなにおもしろいものが世の中にあったなんて、知りませんでした。紙も、ありがとうございます」 声が震えていたせいか、真白にも沁み渡った。 「これ、書いたので見てください! 毎晩月を見るたびに、かぐや姫を思い出します」 かわらけを持ち上げた少女を押しのけるように、女官が次々と手を振る。 「私は、斎王さまの琴の音をもっと聴きたいです。聴きにきても、よろしいでしょうか」 「前の斎王さまは斎宮へ群行されなかったので、ずっと不安でした」 「新しい斎王さまは、細やかな気配りをなされる御方。私たちは嬉しくて」 「図々しいですが、お礼を言いたくて」 「斎王さまは、月に都があるって信じますか」 日々の祈りが神に届いているかどうかは分からないけれど、真白の存在を感じ、受け取ってくれた人たちがここには確かにいた。 手もとにあるかわらけを覗く。読めない字や上手くない字、かすれた字もあるが、ひとつひとつに込められた熱が伝わってくる。 ここに並んでいる欠片の数だけ、生きている人たちの声があった。 ◇ ◇ ◇ ふと、かわらけを拾い上げると、『つきよよし』と書かれていた。おそらく『月夜よし』のことだろう。 ……なるほど。真白はある歌を思い出し、ほほ笑んで頷いた。 迷うことなく、『つきよよし』の『つ』の字の上に筆を入れ、差し出す。 「いつになく大きな『ま』の字ですね、これは。ああ、古今集の『月夜よし』の歌ですか」 欠片の字を確かめた照葉も、一瞬は驚いたような顔になったが、やがて笑みを交わす。かわらけを預かった照葉は外に出た。 斎宮の地に吹く風は、季節を問わずいつも強い。たなびきそうになる髪をおさえ、息を吸う。 「みなさん。斎王さまから、おことばがございます」 掲げられたからわけに向かって、視線が集まった。 そこには、誰かの書いた『つきよよし』の上に、鮮やかな黒色で、『ま』の字が添えられていた。 『待つ』と読めるし、『月夜よし』とも読める。『ま』は――真白の『ま』でもある。 誰からとはなく、女官たちの中から『月夜よし』の歌が聞こえてくる。 『月夜よし 夜よしと人に 告げやらば 来てふに似たり 待たずしもあらず』[2] (よみ人しらず 古今和歌集692) ……待っていないわけではない。 (続く) 藤宮彩貴(ふじみやさき) 東京都杉並区生まれ。東京都立大学人文学部卒業。一般企業や都内の区立図書館での勤務などを経て、2020年第3回富士見ノベル大賞審査員特別賞受賞。翌年『焔の舞姫』にてデビュー。ほかに『平安後宮占菓抄』(ともにKADOKAWA富士見L文庫)がある。趣味は寺社仏閣巡り。好きなお寺は京都・南山城の浄瑠璃寺。ほぼ毎日、一万歩歩いて作品の構想を練る日々。-rotated.jpg)
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