月刊傍流堂

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第3話 つきよよし

「都で出回りはじめたばかりの、新しい物語だそうです」

「では、絵巻物なのかしら」

「その通りです。二巻に分かれているそうですが……こちらが上巻ですね」

 渡された巻物はずっしりと重い。広げようとすると、照葉が手を支えてくれた。

「『竹とり』」

 真白は文頭を読み上げた。

「『竹とり』あるいは『かぐや姫』というお話です。源順(みなもとのしたごう)[1]さまからの贈りものですよ」

「まあ、順おじさまからの」

 源順は、真白の父・重明親王と歌や詩を一緒に作る仲だが、臣籍降下して代を重ねている源氏なので身分はそう高くない。

 親王である父とは本来並べるような存在ではないものの、重明は順を気に入って邸に招いていたので、真白もよく覚えている。見た目は堅苦しいのに、いったん詩歌の話になると順は人が変わったように饒舌になった。

 物語は真白も好きだ。しかも順から贈られたものなら、期待が膨らむ。いったん、琴を脇に置いて身を乗り出した。

「添えられていた文によりますと、順さまがお話をまとめたそうですね」

「ことば遊びのお好きなお方だったけれど、とうとう物語まで」

「しかも、たけ……『竹』ですよ。ここ、斎宮がある『多気』の地に、ちなんでいるのでしょうか。斎宮は、竹の都です。もしかして、かぐやひめ姫とは真白さまでは」

 物語の冒頭、翁は竹林で小さな姫君を見つけ出す。

 

「竹から生まれるほど、私は小さくないわ。でも、すぐにおとなの姫君に成長するなんて、不思議ね。続きが気になるけれど、順おじさまからのお文も読ませて」

 螺鈿の箱は、きっと父と母が用意したものだろう。父が選び、母がこの箱に触れたのかもしれないと思うだけで、指先にまで力が入る。

 文は真白ではなく、乳母に宛てられていた。真面目そうな角張った文字が連なっている。

 時候のあいさつからはじまって、こちらの様子を伺う内容、そして絵巻について触れてあった。

「この物語で、日々の徒然(つれづれ)をお慰めできたら……ですって。ねえ、この絵巻を、照葉はもう読み終わったの?」

「いいえ。開くのさえ、はじめてです。私の母……乳母が、ちょうど都からの贈りものを片づけていたので、これは絶対に真白さま宛てだと思い、袖の中に隠して持ってきました。お話もおもしろいですが、絵もうつくしいですね。続きを読みましょう、早く」

「照葉ったら。勝手なことをして、あとで乳母に叱られそう」

「よいのです。真白さまが笑ってくだされば、母も納得するでしょう。さあ、とにかく続きを」

 ふたりは夢中になって絵巻を読んだ。本文を照葉が読み上げ、真白が絵を見ながら聞く。

 おもしろおかしく、情けない貴公子たちの求婚譚。この五人の貴公子は、都にいる誰彼に似ているなどと噂し合って盛り上がる。

「暗くなってきた」

 陽が傾きはじめたので、真白は戸の近くに巻物を置き直すよう照葉に命じた。

 いつもならば端近に寄ることを渋る照葉だが、今日は灯りを取りに行く時間も惜しい。几帳を二重に置いて真白の姿を守り、読み耽(ふけ)る。

 ◇ ◇ ◇

 次の場面で、照葉は巻物を繰る手を止めた。

 帝の求婚、とある。貴公子たちがかぐや姫への求婚に失敗したあと、帝が登場する。

 ……思い出してしまった。群行の日の、あの儀式を。

 あのとき、帝は新斎王に目を留めた。真白には話していないが、斎宮には帝からの御文も何度か届いていた。さすがに、斎王に求婚する帝ではなかったが、真白を細やかに気にかける内容だった。

 恐れ多いこと、と乳母はこぼしつつ、しかし返事をすることはなく、帝からの御文は真白の実家である都の東三条邸へすべて転送された。

 真白はまばたきも忘れ、求婚のくだりを熱心に目で追っている。あの日、自身を傷つけた実在する帝のことを気にしている様子はない。

 かぐや姫は、帝の求婚すら受け入れなかった。月からの遣いである天人を前にして武士は戦意を失い、翁と媼ではどうにもならない。

 ……これは、きっとあとで母に咎められるだろう。

 唇を噛みながら、照葉は震えた。先走ってしまった。中身を確かめずに、真白に見せてよいものではなかった。

「かぐや姫は天の羽衣を身にまとったあと、心を失って月の都に帰ってしまうのね。一気に読んでしまった。とてもおもしろかった。こんな物語、読んだことない。明日、最初からまた読みましょうね」

 真白が笑ってくれている。照葉は何度も頷いた。いや、これで良かったのだ、と。


  1. 911年-983年。平安時代中期の貴族。嵯峨天皇の末裔。学者、歌人。日本初の辞書『和名類聚抄』を編纂した。また、和歌にも優れ、歌集『源順集』がある。三十六歌仙のひとりにも選ばれている。 ↩︎
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