第八話 ふたつの求婚
「父さま、聞いてください。今は、旅子のお世話を細やかにしたいと思います」 再び、重明と真白、ふたりは御簾を隔てて向かい合った。 父は、真白の訴えを静かに聞いていた。 「旅子は、斎王として伊勢に行くことが楽しみな様子。私にとっては意外でしたが、妹の気持ちを重んじたいです。あれこれ指図しないほうが、旅子のためになるでしょう」 頷いてくれているので、真白は続ける。 「……斎王に選ばれたとき、私は都を離れたくなかったのですが、旅子はそうでもないようです」 「あの姫は、じっとしているのが気に入らないようだからね。まだ幼い」 「ええ、分かります」 目を閉じると、はしゃぐ旅子の姿が浮かんできた。 「初斎院での一年間は、旅子についていたいと思います。入内を、前向きに考えますが、少し時間をください。わがままですが、私は私なりに納得したいのです。そのあとは――」 ぎゅっと、真白は手のひらを握った。 穏やかな父と話しているのに、次のことばがなかなか出てこなくて、もどかしさを覚える。 「真白も、この父も、一年後はどうなっているか分からない。帝も」 「……はい」 ほほ笑みながら、父は目を細めた。 「ありがとう。そなたが入内のことを思っているなら、父も安心できる。ゆっくり、考えるといい。準備は徐々に進めるが、いいね」 「分かりました。でも、私まで邸を出たら、父さまをひとりにしてしまいます。さびしい思いをさせてしまうかもしれないことが心残りです」 入内を果たせば、後宮に住まうことになる。邸にはそうそう帰れないだろう。父を気遣う心でいっぱいだった。 だが、重明はいったん視線を落としたあと、意を決したかのように御簾越しの真白を見据えた。 「そのことだけれども、実は……父にも再婚の話が出ているのだよ。寛子の縁につながる女性だ。お義父上……忠平殿からのご提案ゆえ、受けようと思っている」 指先が冷たくなってゆく。驚きのあまり、真白は動けなくなった。 (続く) (参考) 詞書 斎宮女御いまだ参り侍らざりけるとき、桜につけてつかはさせ給うける 吹く風の音に聞くように、噂では聞きながら、桜花を目にすることができないように、あなたを目にはすることもできず、過ぎる春であることだな。 藤宮彩貴(ふじみやさき) 東京都杉並区生まれ。東京都立大学人文学部卒業。一般企業や都内の区立図書館での勤務などを経て、2020年第3回富士見ノベル大賞審査員特別賞受賞。翌年『焔の舞姫』にてデビュー。ほかに『平安後宮占菓抄』(ともにKADOKAWA富士見L文庫)がある。趣味は寺社仏閣巡り。好きなお寺は京都・南山城の浄瑠璃寺。ほぼ毎日、一万歩歩いて作品の構想を練る日々。
玉葉集1250の解釈『和歌文学大系 玉葉和歌集(上)』明治書院
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