第八話 ふたつの求婚
七分咲きの桜の枝に、結び文がついていた。 淡い桜色を重ねた薄様も花のようだった。 御簾の外には、真白の父・重明親王が座っている。少し、酔っている。 三月九日。 今日、朱雀院では桜を愛でる宴が行われた。父はその帰りだ。村上帝も行幸し、華やかな席になったとのことだが、この文は。 「帝からだよ」 真白は、文と父の顔色とを交互に窺う。いったい、なぜ。 乳母が歓喜まじりのため息をついた。照葉は目を丸くしている。 これは、ただのあいさつではない。この形、この色合い。どう見ても恋文。 「受け取れません」 そっと、桜の枝ごと、御簾の下から父の膝先のほうへと押し返す。なかったことにしたい。 「そう言わずに。読むだけでもどうだ。乳母もそう思うだろう」 「は、はい! もちろんでございます、重明さま」 口を半開きにしていた乳母が我に返った。枝を拾い上げ、真白に突き出す。 「どうぞ、姫さま」 「困ります。私は知りません」 読んでしまったら、返事をしなければならないので文を開けない。枝を袖で払いのけると、数枚、花びらが散った。 読む、読まないを繰り返していると、さすがに重明が苛立ちをあらわした。 「もうよい。照葉、そなたが読んで聞かせなさい」 重明に呼ばれた照葉は、思い切り背筋を伸ばした。 「はい! では、恐れ多いことですが」 ふだんは真白の女房だと豪語しているのに、父に命じられたら流される照葉が少し恨めしい。だが、目の前にあるのは帝の文。 緊張で手を震わせながら、照葉は桜の枝から文を外して薄様を広げる。 「まあ、なんておうつくしい御手跡……!」 「ほんとうに。眼福です」 「それに、とてもよい香りが」 「ほんとうに、ほんとうに!」 照葉と乳母は帝の文に感激しているが、真白は決して見ないと決め、部屋の隅に視線を送って耐える。 「さあ、早く歌を。弟がどんな歌を詠んだのか、父もまだ知らないのだよ」 「申し訳ございません、では……」 声のいい照葉が、帝の歌を読み上げる。 『吹(ふく)風の 音にききつつ桜花 目には見えずも 過(すぐ)る春かな』(天暦御製(村上帝)『玉葉集』1250)
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