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プロローグ 『日本仏教再入門』(講談社学術文庫)を読む

知っているようで実は何も知っていなかった、ということは誰にでも良くある話で、それが日常のささいなことなら少し赤面するだけで別に命を取られるわけではない、大きな問題はない。

しかし、仏教と密接に関わってきた日本人が仏教のことを何も知っていなかったらどうしよう。

新たなる出会い=結婚はキリスト教で、現世との離別=葬式は仏教。そんな住みわけがいまや常道となった。日本人にとって、仏教と無縁の人生はなかなかどうして難しい。ただし、宗教の使い方、付き合い方として、それで、それだけで本当に良いのか。仏教の本質やその課題に、目を背け続けているのではないのか。

そんなクエスチョンに答えるべく、立ち上がったのが末木文美士を始めとする三者[1]

我々はもう一度、決して直線的ではなかった我々の思想史を辿り直さなければならない。

政治や経済も無駄とは言わないが、仏教=宗教、思想の問題をおざなりにしてはこの国の行く末は何とも心もとない。

そもそも、「宗教」religionという言葉がやっかいである。これは一神教的な(個人の内面の)信仰を前提とする宗教観に基づくものであり、キリスト教、とりわけプロテスタンティズムの影響が強い。が、現実の、日本の仏教はreligionとはいささか…いや、だいぶ違う。

「寺檀制度から葬式仏教へと展開した仏教は、個人の信仰である以前にイエの帰属の問題であり、また、神社は地縁共同体を基盤として成立していた。多神多仏を前提とする神仏習合的な信仰は、特定の神への信仰に基づく一神教的な発想とは異なり、それと同じ範疇で宗教を理解することは困難である」(『日本仏教再入門』289ページ)

現代日本人の多くは自らを無宗教者と認識しているが、だからといってそれは欧米で言われる無神論者(宗教そのものを否定=ニヒリズム)という意味ではない。いまや地縁共同体は崩壊し、神仏の信仰は弱体化したとはいえ、必ずしも神仏を否定していない。宗教性は日本人の中に今も息づいている。

そういったねじれがまず一つ。

もう一つのねじれが、神仏習合という現象だ。

1889年に発令された大日本帝国憲法で信教の自由と政教分離が明記され、失墜していた日本仏教は国家から一応は自由な立場を取り戻し(→葬式仏教の始まり)、一方の神道は非宗教論が採用され、神社は国家の祭祀を行う場所として規定された(→国家神道の始まり)。

「天皇中心の「国体」を支えるものとして、天皇の祖先である天照皇大神を頂点とする神々の序列を作り、神道を天皇家の祖先崇拝として意味づけた」(『日本仏教再入門』294ページ)

しかしながら、国家神道はそれまでの神道を多少なりとも継承しているとはいえ、その内実はまるで違う。近代になって西洋文化やキリスト教からの影響を受けて日本仏教がグローバルな視点を持つに至ったように、仏教の導入によって初めて土着の神々が自覚されるようになったのが神道(=神祇崇拝)というもの。

古代においては独立して神道と呼べる宗教体系はなく、廃仏毀釈以前の神仏習合と近代以降の神仏習合を同列に語るわけにはいかないのだ(末木氏は近代以降の神仏習合を神仏補完と呼んでいる)。

『凱風館日乗』(河出書房新社)で内田樹は「日本は神仏習合でいい」と声高に言うが、それはいったいどのような神仏習合のことなのだろうか。

我が国の仏教はその始まりからして権力(武力)と密接な繋がりがあり、明治以降も国の権力者の言われるがまま。 仏教精神、仏教戒律は二の次。

よって、背広を着て、妻を持ち、お酒を飲む僧侶が常軌となった(他の仏教国からしてみれば常軌を逸している)。

様々な問題を置き去りしたまま令和の時代を迎えた日本仏教。この先に発展はあるのか。世界へ向けて新たな見通しを提示することができるのだろうか。

松岡正剛が 「近江から日本は始まる」と宣言すれば(『別日本で、いい』、春秋社)、中沢新一は 「レヴィ=ストロースに回帰せよ」と指摘する(『構造の奥』、講談社選書メチエ)。

いずれにせよ、一般人も、僧侶も、襟を正して仏教に立ち向かわなければならない。そんな時代がやってきた。

来月、僕は近江へ向かう。


[1] 『日本仏教再入門』(講談社学術文庫)の著者は末木のほか、頼住光子、大谷栄一の計3人。末木は編者も兼ねている。


虎石 晃

1974年1月8日生まれ。東京都立大学卒業後は塾講師、雑誌編集を経てデイリースポーツ、東京スポーツで競馬記者を勤める。テレビ東京系列「ウイニング競馬」で15年、解説を担当。著書2冊を刊行。2024年春、四半世紀、取材に通った美浦トレーニングセンターに別れを告げ、思索巡りの拠点を京都に。趣味は読書とランニング。

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