月刊傍流堂

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序章 私を、さがしてほしい

 大荷物を引きずっている観光客を横目で見やり、先を急ぐ。

 新幹線を降りたあとは一日乗車券を買い、迷わず地下鉄のホームへ。京都駅から北に三つ先、烏丸御池駅を目指す。

 コートのポケットには、真白さま人形が入っている。変な癖や折り目ができないか心配だけれど、いつも手に触れていたいので、ここがいちばん落ち着く。

 地上に出て、御池通から新町通を北へ曲がる。このあたり、道はまっすぐで町並みは整っているものの、ビルが多くて京都らしさはほとんど感じない。

 次の交差点の北西角に見えてきたのが、東三条邸――『東三条院址』の碑。説明札には『重明親王の邸』だったことも記されてある。重明親王は、真白さまの父。

 真白さまがここで生まれたかは定かではないものの、暮らした可能性は大。

 この場所できっと、真白さまは歌を詠み、琴を鳴らした。笑ったり、泣いたりもしただろう。

 当時は大邸宅だったようだが、今はすっかり住宅がひしめき合うように並ぶ。車や自転車が走り、古い町家が壊されてマンションが建とうとしていた。

 真白さまを語るものは、なにも残っていない。

 静かに写真を撮る。真白さま人形も一緒に。

 

 これでは、なにも分からない。もっと、訪ねたい。真白さまのしるしを。

 御池通の西には、近年発掘が進んだ『斎宮邸跡』という場所があるらしいので、そちらに足が動き出した。

 ふと、すぐ近くに、目立つ行列を発見。

 

 お金とのご縁を結べることで人気の『御金神社』だった。

 眩しいぐらいに金色の鳥居。寄ってみたいけれど、今は真白さま。心の中で手を合わせて足早に通り過ぎる。

 さらに地下鉄で移動。

 地上と地下を行ったり来たりを繰り返しているので、真白さまを握っている手も次第に汗ばんでくる。

 目的地は西大路御池駅の出入り口すぐ。

 学校の門の脇に、ぽつんと案内板が立ててある、『斎宮邸跡』。

 発掘現場からは『斎宮』と記された土器などが見つかった……そこまで読んだとき、時刻を知らせる校内チャイムが響いて現実に引き戻された。

 

 当時の斎宮邸を偲ぶものは、案内版だけ。

 真白さま人形と手をつないで息を深く吐き、瞼を閉じて再び思いを馳せる。

 すると、かすかな音楽が耳へ降るように届いた。琴の音色だろうか。目を見開いて空を見上げると、音は風に乗って西へ流されてゆく。

 行かないと。追いかけないと。呼ばれている気がする。

 もっと、西へ。西へ行かなければ。真白さまが神に仕えるため心と体を清めた地へ。

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