序章 私を、さがしてほしい
『私を、さがしてほしい』 どこからか、かすかに声が聞こえてきた。耳を傾ける。 『京で、私が残したしるしをさがして』 あなたは、誰ですか――問いかけてみると、答えがあった。 『伊勢の斎王をつとめたあと、帝の女御になり、再び伊勢へ向かいました』 さいおう? 聞き慣れないことば。 『後世の人には、「斎宮女御」という名をつけられたようですが、皆には「真白(ましろ)」と呼ばれていました』 あなたは、真白という名前なの? 待って。さいくうってなに? もっと話を聞かせて、と願ったものの返事はなかった。 『では、お願いします』 そう告げながら、彼女は何枚も色を重ねた装束をするすると滑らせながら、消えた。 ◇ ◇ ◇ 新幹線の車中。 京都に向かっているところなので、うとうとしながら京都っぽい想像をしていたらしい。 ――さいくうの、にょうご。 そう聞こえたような気がするけれど、聞いたことがない。 いつ訪れても、時間によって違う顔を見せてくれる雰囲気が好きで、今回のひとり旅でも京都を選んだ。 まずまずの京都好きを自称してもいいレベルだが、歴史にはそんなに詳しくない。持参したガイドブックをめくっても、斎宮女御の名前は書かれていない。 と、思ったが、本のページの間からバスの路線図とともになにかが転がったので、慌てて拾い上げる。 手のひらに載るほどの大きさで、着物の形をした折り紙だった。人形? 自分の持ちものではない。最初から挟まっていたのだろうか。 ガイドブックは自宅や電車の中で何度も読み返したので、そのときにこの折り紙の存在に気がついてもよさそうなのに。 呪いや禍々しい気配は感じない。 むしろ、持っているだけで清々しくて心が落ち着く。 けれど、とりあえず今は斎宮女御。さっと携帯電話を取り出し、斎宮女御について検索してみる。 『斎宮女御、本名は徽子(きし)。斎王退任後は天皇の后妃になるが、伊勢へ再び赴いた平安時代の女性。三十六歌仙のひとりにも選ばれている』。 天皇の孫で、藤原氏の血もひいていて、身分の高いお姫さま。琴も得意だったそうだ。 斎宮に、帝に、選ばれて守られた人生。きっと、なにもかも恵まれたしあわせな人生だったんだろうな、と最初は軽く想像した。 ……少し、待て。そんな簡単に答えを出していいの? ほんとうにしあわせだったら、この自分を選んで『さがしてほしい』なんて、頼むだろうか。姫君なのだから都が過ごしやすいはずなのに、再び伊勢へ行ったのはなぜか。 おもしろそうな人物なのに。もっと有名な人物でもいいのに。今ではなぜ、知られていないの? 『斎宮』についても検索してみる。 天皇の代わりに伊勢神宮に奉仕した斎王その人を指すこともあるし、斎王の御所を呼ぶこともある。 「ややこしいな。斎宮女御は『斎王』。住まいを『斎宮』と呼ぼう」 京都から百キロ以上も離れた、三重県の多気郡明和町に斎宮はあったらしい。 今なら、都―斎宮間は交通機関を使って二時間程度で移動できるものの、当時は五泊六日の日程をかけたという。 いったん、座席テーブルの上に携帯電話を置き、伊勢行きの道のりを思い浮かべてみる。 身分の高い人――斎王は輿に乗ったはず。でも、揺れるから乗り心地はあまり良くないだろう。かといって、山越えを含む道を歩くのも辛そう。単純計算でも、一日二十キロ以上移動することになる。 そのとき、袖を引っ張られた――人形の折り紙に――ような気がした。 いつの間にか、携帯電話の画面は京都市内の『東三条邸』を表示している。 慌てて読むと、ここは斎宮女御にゆかりがある邸宅のようだ。なるほど、ここに行けと? まあ、京都旅行の時間は明日もある。 定番の、抹茶の甘味やお土産探しは後回しにして、今日は斎宮女御……いや、『真白さま』をさがす旅が、おもしろいかもしれない。
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