第1回 変遷する料理の価値観―フランスの2つの「料理」革命
前回「食の哲学」について言及したが、今回は、かつて「食」をめぐって思想家や知識人たちが論争を繰り広げた事例をひとつ紹介したい。 1739年、フランスでフランソワ・マランという人物が『Les Dons de Comus, ou les Délices de la Table』という料理書を出版した。この書名を日本語に訳すと、『コーモスの贈り物 ― あるいは食卓における悦楽』となる。マランはこの料理書を、当時の最新料理であった「ヌーベル・キュイジーヌ」を紹介する目的で著した。 そもそもヌーベル・キュイジーヌ(Nouvelle cuisine)とは、フランス語で「新しい料理」を意味する言葉である。フランス料理に詳しい人であれば、この言葉から1970年代に流行したフランス料理のスタイルを思い出すことだろう。この料理ムーブメントは、ポール・ボキューズをはじめとするスターシェフたちを輩出し、新しい料理のスタイルとして世界的に広まった。実は1970年代のヌーベル・キュイジーヌは、さかのぼること約230年前、18世紀に始まった料理革命の名称を受け継いだものである。 本稿では、まず、その最初のヌーベル・キュイジーヌ、すなわち18世紀に始まった料理革命と、その端緒となった一冊の料理書について取り上げる。 『コーモスの贈り物』の出版を契機に、その序文をめぐって、知識人の間で大きな論争が巻き起こった。そこで提示されたのは、「これまでの料理の発展は、真の意味で人類の幸福に寄与してきたのか」という根源的な疑念である。 本書は、人類史以前の食から語り始め、ギリシャ・ローマ時代の食、さらには当時の料理に至るまで、歴史的観点から食のあり方をたどっていく。そして、こうした変遷を踏まえたうえで、当時の美食がもたらしていた弊害を指摘し、その価値観の正当性に疑問を投げかけたのである。 当時の料理は、高度な調理技術の発展によって、きわめて複雑で多様なものとなっていた。その結果、人々は飽くなき食の快楽を享受できるようになっていたが、それが真の幸福や健康にとって望ましいことなのかは、また別の問題であった。実際、美食の広がりとともに痛風などの疾病も増え、本来は健康に寄与するはずの料理が、かえって健康を損なう要因ともなっていたのである。 新しい思想を支持する知識人たちは、『コーモスの贈り物』の序文が示した、旧来のフランス料理が必ずしも人類の進歩に寄与してきたわけではない、という主張に共感した。一方、伝統的な価値観を重視する知識人たち(聖職者など)は、従来のフランス料理を擁護する立場を取った。このようにして、『コーモスの贈り物』の序文を火種に、18世紀のさまざまな知識人が議論に加わり、論争は料理の範疇を超えて、文明史観や社会問題にまで広がっていったのである。 17~18世紀は啓蒙思想の時代である。キリスト教的な権威や伝統に依拠した価値観を見直そうとした知識人たちは啓蒙思想家と呼ばれ、人間理性の自立を促す思想を推進した。彼らが『コーモスの贈り物』の序文に共感した背景には、旧来の料理観を批判し、新しい料理(ヌーベル・キュイジーヌ)とその価値観を評価する姿勢があった。 こうした啓蒙思想家のなかには、フランスで最初の百科事典『百科全書』の主要な編纂者であったディドロやダランベールをはじめ、同じく執筆者として名を連ねたルソー、ヴォルテール、モンテスキューといった当時の著名な思想家たちが含まれている。『百科全書』の「料理:cuisine」の項には、『コーモスの贈り物』に共通する問題意識や見解を見ることができる。 啓蒙思想家たちがなぜヌーベル・キュイジーヌを支持したのかを理解するには、彼らが批判した従来の料理と、その背後にあった価値観がどのようなものであったのかを知る必要がある。 中世以来、18世紀半ばまでのフランス料理は、14世紀頃にタイユヴァン(ギヨーム・ティレル)が著したとされる『ル・ヴィアンディエ』の影響下にあった。その料理は重く、消化にも悪く、胃に大きな負担を強いるものであった。 特徴のひとつは、香辛料の多用である。冷蔵技術がなく保存方法も未発達だった当時、肉の保存や臭み消しのために大量の香辛料が用いられていたが、これが消化不良の原因ともなっていた。また、香辛料に頼った調味は、食材そのものの新鮮さや味わいへの繊細な配慮を犠牲にしていたとも言える。 香辛料が多用された背景には、その希少性と高価さがあった。輸入に頼る香辛料は、上流階級や王侯貴族にとって権力や財力を誇示する象徴でもあり、味そのもの以上に、その価値観によって重宝されていたのである。 さらに当時の料理では、ソースにとろみをつけるためにパンやアーモンド、卵黄が加えられていた。これにより料理は一層重くなり、胃に負担をかけるものとなっていた。 また腐敗を防ぐ目的で、ヴェルジュ(未熟ブドウを搾った酸味の強い果汁)をはじめ、ワイン、スパイスを用いた酸味の強いマリネ液に数日間漬け込む料理が食べられていた。こうした調理法は腐敗を隠す役割も果たしていたが、色や味が濃く、健康を損なう原因ともなっていた。 こうした旧来の料理を批判するかたちで、『コーモスの贈り物』はヌーベル・キュイジーヌを提唱した。それは、胃に負担をかけ、病の原因となる要素を排し、軽やかで健康的な料理を志向するものであった。 新しい料理の特徴は、バターや乳、クリームといった乳製品の使用である。これにより料理は消化しやすくなり、従来に比べて軽い仕上がりとなった。また色合いも、従来の濃い「茶色」の料理から、「白」を基調とした明るく軽やかなものへと変化した。 現代の伝統的フランス料理が、バターやクリームを特徴としているのはよく知られている。これは18世紀半ばに始まったヌーベル・キュイジーヌという料理革命によって、このスタイルがフランス料理の基礎として定着し、その後数百年にわたって継承されてきたからである。 しかし現代の視点から見ると、こうした料理でさえ、なお重く、肥満などの不健康さにつながる料理だと感じられる場合が少なくない。そこで1970年代のヌーベル・キュイジーヌは、18世紀に確立された料理様式を再び否定し、バターやクリームの使用を抑え、より軽やかな料理を志向したのである。 現在では、この1970年代のヌーベル・キュイジーヌも一つの歴史となりつつあるが、その影響を受けながらフランス料理の価値観は変化を続け、繊細な盛り付けや、軽やかで健康的なスタイルへと発展してきた。フランス料理史には二つのヌーベル・キュイジーヌが存在し、その双方が大きな変革をもたらし、現代の料理へと連なっているのである。 18世紀半ばに啓蒙思想家たちが支持したヌーベル・キュイジーヌは、フランス料理のあり方のみならず、思想や価値観そのものの転換を促すものであった。彼らの思想が後のフランス革命へとつながる大きな潮流の一部であったことを考えれば、この料理革命は、政治や宗教、思想の変革に先立つ、大きな価値観の転換であったと言えるだろう。 こうした18世紀に始まったフランス料理の変革も、20世紀には再び変革を余儀なくされた。そう考えると、将来のフランス料理とその価値観も、これからなお新たな姿へと変わり続けていくはずである。 20世紀のヌーベル・キュイジーヌの中心的存在であった料理人ポール・ボキューズも、その後、分子料理[料理と化学を融合させた料理]によって世界的な影響力をもった「エル・ブリ」の料理人フェラン・アドリアも、ともに日本料理とその手法から大きな影響を受けている。油分を極力排し、素材に不必要な手を加えず、新鮮さや持ち味を生かそうとする日本料理は、西洋の料理人たちに驚きと新しさをもって迎えられたのである。 同時に、日本料理もまた欧米の影響を受けながら、主菜として肉料理を提供する献立構成へと変化してきた。日本人は明治時代まで牛肉をほとんど口にしなかったが、いまや日本の和牛は、世界でもトップクラスの品質と美味しさを誇っている。このように、西洋料理は日本料理へ、日本料理は西洋料理へと、互いに歩み寄りつつある。 木下謙次郎『美味求真』には、かつて日本人は、西洋人が鶏の骨付きロースを手づかみでしゃぶり、脂と血が歯を染め、唇に滴らせている有様を見て、鬼畜の飲食であると身震いしたこと、また一方で、西洋人は日本人が箸で生魚を食べる様子を見て、猫族の類ではないかと怖気づいたことが記されている。 これは過去においてはもっともな見方であったのかもしれない。しかし現代では、食文化の違いは確実に埋まりつつある。こうした異質な食文化や価値観が邂逅することで、新たな食の価値観が生まれ、過去の価値観は何度も塗り替えられてきたのである。 今回は18世紀以降のフランス料理の変革をたどってきたが、このように「思想」や「価値観」の相違が架橋されるとき、料理は真の意味で革新され、進歩を遂げるのだと、わたしは考えている。 ※タイトル画像背景:髙山辰雄「食べる」(1973年、大分県立美術館蔵)。著作権者の許可を得て使用 河田容英(かわだ・やすひで) 一九六九年(昭和四十四年)生まれ。大学生向けの海外留学支援企業・株式会社ログワークス代表取締役。また社会人ビジネスパーソンがイギリス国立大学や欧州大学のMBA(経営管理学修士)およびDBA(経営管理学博士)を取得するための教育企業・エグゼジャパンビジネススクールの代表を務める。自然言語処理の研究にも従事し共著論文多数。イギリス長期滞在時に幾つもヨーロッパのレストランを訪ね、海外での食と文化に数多く触れる機会を得たことや、帰国後に海外諸国と日本の食文化の相違、類似、ありかたを思想的視点から捉えなおすようになったのを機に、二〇一六年より郷里の政治家・木下謙次郎の著書『美味求真』の現代語訳に着手しウェブサイトで公開を始める。その後、『美味求真』に注釈を付すという方法で食にまつわる文化、歴史、哲学に関する記事を発信し続けている。『コーモスの贈り物』
18世紀半ばまでのフランス料理
18世紀と20世紀、2つのヌーベル・キュイジーヌ
変わり続ける料理の価値観
https://www.bimikyushin.com/
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