第5回 料理と色彩、その社会的意味
これまで述べてきたように、フランス料理では乳製品、すなわちバターやクリームが積極的に用いられるようになり、18世紀を境に大きな変革を遂げることとなった。その結果、フランス料理はより洗練され、スパイスを多用した重く「茶色い」料理から、軽やかな味わいを特徴とする「白い」料理へと移行していくことになった。こうした料理の変化は、単なる色彩の変化にとどまらず、社会的地位による格差を意味するものにもなっていたのである。今回は、料理と色彩がどのように社会的な位置づけと関係しているのかを明らかにすることにしたい。 日本ではアニメ版『アルプスの少女ハイジ』が広く知られているが、スイスの作家ヨハンナ・シュピリが執筆した二冊の小説からなる原作を読んだ人はあまりいないのではないか。その二冊とは、1880年刊行の『Heidis Lehr- und Wanderjahre』(ハイジの修業時代と遍歴時代)と、1881年刊行の『Heidi kann brauchen, was es gelernt hat』(ハイジは習ったことを生かすことができる)である。 孤児となったハイジは祖父に預けられ、田舎のアルム山で育つ。しかし数年後、裕福なゼーゼマン家の娘クララの「お抱え女友達」として、都会フランクフルトへ連れて行かれる。それまでハイジは、チーズや山羊のミルクでふやかして食べる素朴な「硬い黒パン」を常食としていた。ところが都会で初めて「柔らかい白パン」を口にし、その味わいに驚く。やがてアルムの山へ帰る日が来たら、歯が悪く固いものを食べられない盲目のおばあさんへの土産にしようと考え、食事のたびに自室のタンスの引き出しへ白パンをこっそり隠し、貯め込んでいくというエピソードが描かれている。 黒パンは、ライ麦などの穀物から作られるため色が濃く、強い酸味と硬い歯ごたえを特徴とするパンである。農民階級の主要作物がライ麦であったことから、黒パンは庶民の日常的な主食として広く消費されていた。それに対して白パンは、精製された小麦粉を用い、白くふっくらと焼き上げられる。その原料や製法にかかる手間とコストゆえに、主として上流階級や富裕層によって消費されるパンであった。両者の関係は、以下のようにまとめることができる。 黒パンと白パンの違いは、単に色彩の差異にとどまるものではない。なぜならそれぞれを消費する人々が、どのような地域に属し、いかなる社会階層に位置しているのかを意味するものだったからである。つまり食べるパンの種類そのものが、社会的地位を区別する指標となっていたと言ってもよいだろう。こうした傾向もまた、18世紀以降、西洋社会において料理における「白さ」が価値あるものとして追求されてきた結果である。 料理における「白さ」は、西洋だけでなく、日本においても古くから意識されてきた要素であった。江戸時代に天婦羅という料理が誕生し、その後、これをご飯の上にのせた「天丼」も食べられるようになる。 そもそも天婦羅は、屋台で売られるストリートフードである。江戸は人家が密集した都市であり、火を使って油で調理することは火災の原因になるとして規制されていた。そのため、天婦羅は野外で調理される屋台料理として発展したのである。しかし時代が下るにつれ、座敷で天婦羅を供する高級店が現れる。これらは「お座敷天婦羅」と呼ばれ、高級で新鮮な調合油を用い、淡い色合いで、からりと軽く揚げられていた。それに対して庶民向けの天婦羅は、主として胡麻油を使用し、コスト上の理由から油を繰り返し使っていたため、より濃い色合いに仕上がっていたのである。 この違いは当然ながら「天丼」にも反映されることになる。高級店の天丼が白を基調とした明るい印象をもっていたのに対し、庶民の天丼は、濃い色に揚がった天婦羅の上からさらに濃厚なタレをかけるため、茶色(あるいは黒)を主調とする料理となっていた。すなわち同時代の江戸においても、料理の色調は単なる見た目の問題ではなく、階層の違いや貧富の差を象徴する要素として機能していたのである。 天婦羅だけでなく寿司も、ともに江戸時代のストリートフードとして屋台から始まった料理である。しかし今日では、これらは庶民的な廉価な料理と高級料理へと二極化している。安価なものは、スーパーの総菜や回転寿司などで手軽な庶民価格で楽しむことができる。他方、高級店の値段はきわめて高く、もはや日常的な食事とは言いがたい存在である。もともと庶民の料理として出発した天婦羅や寿司が、いまや高級料理となり、階層や貧富の差を可視化し、ある種富裕層がそれを誇示する装置となってしまったことは、食文化と社会の関係を考えるうえで示唆に富む現象でもあるといえる。 日本人は、白く炊き上げられたご飯に強い憧憬の念を抱いてきた。天丼のベースも米であるが、日本食の中心には常にご飯があり、ご飯なくして日本食を語ることはできない。こうした価値観を反映してか、昭和の食料不足の時代には、白く炊き上げられた輝く白米は「銀シャリ」と呼ばれるようになった。この言葉は白米の美しさを称えると同時に、当時、白米だけで炊いたご飯がいかに貴重であったかを物語っている。 現在、寿司屋で酢飯を「シャリ」と呼ぶのは一般的であるが、遡ると江戸時代頃から白米の飯を「シャリ」と称するようになったことに由来している。シャリ(舎利)とは、本来は釈迦の遺骨(仏舎利)を指す語である。それになぞらえて白米の粒を見立てたほど、日本人にとって白米は尊く、重要な存在であったのである。 現代の日本人は白米を日常的に口にしているが、かつての庶民にとって、白米だけで炊いたご飯を食べられるのは特別な「ハレの日」に限られており、日常である「ケの日」には、粟や稗などの雑穀を米に混ぜて食べるのが一般的であった。江戸時代において米は貨幣としても流通しており経済の基盤を支える重要な財であった。そのため農民には質素倹約が求められ、生産者でありながら、実際の主食は雑穀を混ぜたご飯を常食していたのである。したがって、白米のみで炊かれた「シャリ」は、地方の農民をはじめとした下層階級の人々にとって特別なものだった。 これに対して、米が豊富に流通していた都市・江戸では、白米を常食していた。しかし、この白米中心の食生活が健康上の問題を引き起こすことになる。江戸を訪れた地方の武士たちは、滞在中に体調を崩し、足元がおぼつかなくなったり、寝込んだりする症状に見舞われるようになったからだ。こうした病は故郷へ帰るとまもなく快復したことから「江戸わずらい」と呼ばれるようになる。当時はその理由が良く分かっていなかったが、実際の原因は江戸における米の流通量の多さと精米技術の高さにあった。江戸に住む人々は精白された白米を常食していたことから、玄米や雑穀に含まれるビタミンB1の摂取が不足し、その結果、脚気の症状を引き起こしていたのである。 「江戸わずらい」の原因は、明治後期から大正初期に至るまで十分には解明されず、そのため明治時代になっても、同一の食事を多数が摂取する軍隊において、脚気が深刻な問題となっていた。海軍は比較的早い段階で食事内容の改善に着手し、麦飯や玄米を取り入れるなどの対策を講じている。一方、陸軍では、軍医将校であり小説家でもあった森鷗外らの主張もあって白米食が継続され、その結果、多くの脚気患者を出すことになってしまったのである(『現代語訳 美味求真』271ページ【備考 一】も参照)。 当時は栄養素やビタミンという概念自体が確立しておらず、それが原因究明の遅れの一因となっていた。同時に、白米を食べられること自体が兵士の士気を高めると考えられていたこと、そして白く精白された米こそが食物として優れているという思い込みが広く共有されていたことも、病因の解明を遅らせた要因にもなっていたようである。 このように、料理における「白さ」は、西洋と東洋を問わず、社会構造と深く結びついた価値観として存在してきたのである。 フランス料理に用いられる食材の一つに仔牛肉がある。フランス人は白い仔牛肉に対して特別な価値観を抱いており、外国人である我々は、その根底にある思想や文化的背景を理解しなければ、フランス料理の深層にある価値観を見落としてしまうことになるだろう。 18世紀の料理人ムノンが1746年に刊行した『La Cuisinière Bourgeoise』(ブルジョワの女料理人)は、大ベストセラーとなった料理書である。本書は、1997年に国書刊行会より『幸福の味わい ― 食べることと愛すること』の書名で邦訳出版されている。同書には、翻訳者である戸部松美による仔牛料理に関する興味深い注釈が付されている。以下にその一節を引用しておきたい。 フランス人が成長した動物の重厚な味わいよりも、若い動物の柔らかく、軽く、デリケートな味わいを愛でたということがあったとしても、それよりも、 子牛の肉が白身であるということのほうが、この時代には重要な意味を持っていた…つまり白い食べ物イコール精神の滋養、黒っぽい食べ物イコール肉体労働の滋養、という図式が成り立っており、白い肉は、白いパンと同じく、社会的階層の優位を食卓において象徴的に示すものであったというのである。この説明もまた、なかなか捨てがたいものであるように思われる。確かに子牛肉は、白く仕上がるように常に特別の配慮を持って調理されているようにみえる。(『幸福の味わい 食べることと愛すること』(18世紀叢書3)、ムノン/ジャンティ・ベルナール著、戸部松実訳、国書刊行会、110ページ) 以上のように、フランスにおいて仔牛肉の「白さ」がなぜこれほどまでに尊ばれるのかを明らかにしている。それは、白い食べ物(とりわけ仔牛肉)こそが、それを口にする者の社会的階層の優位を象徴するものとみなされていたからである。 この価値観は18世紀を境にフランス社会に浸透し、やがてフランス料理の根本的な価値観として深く定着していった。仔牛料理は、白い料理の価値観を体現する一例であり、同時に社会的階級の誇示とも強く結びついていたのである。 このように、フランス料理の背後にある歴史的・社会的価値観を理解することはきわめて重要である。表層的な料理技法や味覚や色彩といった特徴のみに目を向けていては不十分で、その根底にある思想や文化的意味を捉えてこそ、はじめてフランス料理を真に理解することになるからである。そして美味求真とは、正にそうした観点から食を捉えようとすることを意味している。 次回は、フランス人に広く親しまれている家庭料理であり、仔牛肉を用いたクリーム煮のブランケット・ド・ヴォー(Blanquette de veau)を例として取り上げる。この料理を基に白い料理がもつ意味と社会的文脈との関係について、さらに掘り下げて考察することにしたい。 ※タイトル画像背景:髙山辰雄「食べる」(1973年、大分県立美術館蔵)。著作権者の許可を得て使用 河田容英(かわだ・やすひで) 一九六九年(昭和四十四年)生まれ。大学生向けの海外留学支援企業・株式会社ログワークス代表取締役。また社会人ビジネスパーソンがイギリス国立大学や欧州大学のMBA(経営管理学修士)およびDBA(経営管理学博士)を取得するための教育企業・エグゼジャパンビジネススクールの代表を務める。自然言語処理の研究にも従事し共著論文多数。イギリス長期滞在時に幾つもヨーロッパのレストランを訪ね、海外での食と文化に数多く触れる機会を得たことや、帰国後に海外諸国と日本の食文化の相違、類似、ありかたを思想的視点から捉えなおすようになったのを機に、二〇一六年より郷里の政治家・木下謙次郎の著書『美味求真』の現代語訳に着手しウェブサイトで公開を始める。その後、『美味求真』に注釈を付すという方法で食にまつわる文化、歴史、哲学に関する記事を発信し続けている。『アルプスの少女ハイジ』の「柔らかい白パン」
黒パン
白パン
色彩
黒色
白色
質感
硬い
柔らかい
味覚
強い酸味
淡白な味わい
消費地域
田舎
都会
消費者層
労働者、庶民
上流階級、富裕層
江戸で誕生した料理が示す社会階層の違い
銀シャリに対する日本人の価値観
フランス料理の仔牛肉
https://www.bimikyushin.com/
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